「学習者主体」に向けた教育DX ー ”GIGAスクール仕掛け人”浅野大介氏インタビュー

教育DX

はじめに

2019年度のスタートから7年で、日本の教育界に大きな変革をもたらした「GIGAスクール構想」。その立案と実現に向けた中心的役割を果たした人物のひとりが、当時の経済産業省サービス政策課長で、令和6年能登半島地震の発災後(2025年9月の取材時)からは石川県副知事を務める浅野大介氏です。経済産業省では石油政策などの担当を歴任したのち、サービス政策課長時代に教育産業やデジタル産業と学校を橋渡しする形で、「学習者主体」という理念のもと、この国家プロジェクトの実現に裏方として奔走しました。石川県では能登半島復興に向けた様々なプロジェクトを手掛ける副知事であり、CDO(チーフ・デジタル・オフィサー)として、教育委員会と連携しながら地方における教育DXも推進しています。デジタル技術がもたらす教育の可能性と、その背景にある理念について、浅野氏に詳しくお話を伺いました。

GIGAスクール構想の原点 ー 公共投資としての教育インフラ整備

ーー GIGAスクール構想の立ち上げについて、その経緯と背景にあった考え方をお聞かせください

GIGAスクール構想という名称は文科省が命名しましたが、「2019年の消費税増税時に編成される大型補正予算の機会に狙いを定めて、国費で1人1台端末環境整備を一気に進める」という、わりと破天荒なアイデアそのものは、経産省の私のチームで企画して内閣官房や文科省に持ち込んだものです。私たちは政治的な意思決定の裏方として汗をかきました。文科省のそれまでの姿勢は「学校設置者である自治体の判断で、自治体に渡す地方交付税交付金の範囲で、学校ICT環境整備を最大限進めてもらいたい」という穏やかなアプローチでしたが、これだけでは弱かったので、併せて国庫補助金も大胆に突っ込むという、財務省はなかなか許してくれなそうな政策に大転換することが必要でした。でも予算要求のタイミングを見失わず、政治的な応援団がきっちりついてくださるなら「十分勝てる試合」だとは直感していました。本質的には公共投資であり、道路整備と同じ。ネットワークと端末というインフラを整えて、そこに安価にソフトウェアを使える環境を整えれば、最初は混乱しても学校現場は十分使いこなし始める、という読みでした。私は若い頃からこういった省庁横断の政策の仕掛けに取り組んできたので、この時も、教育改革に情熱をもたれる多くの政治家にお力をいただきながら進めました。

ーー 教育DXを推進する上で、現場から挙がってきた課題や懸念にはどのようなものがありますか

GIGAスクール構想の起草当時、教育現場では、「学校教育は教科書と板書、紙と鉛筆でいい」という固定観念も強かったですし、デジタル技術の導入に教員がついていけなくて混乱するとか、なんなら教員の数を減らす口実にされるのではないかとか、いろいろな懸念が聞こえました。そういった課題をふまえ、最初の一歩は公共事業として「議論する間もなく、気づいたら整備されている」のが良いと考えました。教育現場で、ネットが繋がってクラウド環境が使えるようになり、一人一台端末を持っている環境が実現されれば、あとはそれぞれの状況を鑑みた個別最適化や、学校の外に越境した探究的な学びも進み、良さが理解されて定着するものだと考えていました。

変革を進める仲間づくり ー 信頼関係とコミュニティの構築

ーー 教育改革を進める上で、具体的にどのような取り組みをされてきましたか

一番重要なのは、「学校現場をこう変えてみたい」という思いにあふれる、学校や民間教育サービスの提供者たちと仲間になることでした。デジタル化を一気に進める上でも、現場の教師の気持ちがどんなものか知ることが一番重要です。そこで、問題意識や思いを共有して協働できる教師のネットワークづくりには努めました。今も、呼ばれればいろいろな自治体での教員研修等の場で「GIGAスクール構想はどのようにして実現したのか、どのような学びの姿をイメージしていたのか」を共有しつづけています。石川県に来てからも、現場の先生方との対話の機会をできるだけつくるようにしています。

GIGAスクール構想への足掛かりをつくるために始めた経済産業省の「未来の教室」プロジェクトを立ち上げる際には、2018年の春に約150人の教育関係者や現役の生徒さんとのワークショップを1回当たり4時間、それを5回やりました。「今の学校、なにがおかしい?」「デジタル使って何をどう変えたい?」という軸で電話帳1冊くらいの厚みの議事録ができましたが、そこから「未来の教室ビジョン」という報告書を作っていきました。その場で「学習者主体」というキーワードも生まれましたし、ワークショップで生まれたアイデアをもとに経産省としてたくさんの実証事業に育てていきました。GIGAスクール構想を政策として実現するまで、政治的な働きかけの場面でもかなり一緒に行動しました。なので、参加いただいた先生や事業者にはコミュニティに対する帰属意識みたいなものも生まれていったんじゃないかとは感じます。 

学習者主体への転換 ー 受け身から能動的な学びへ

ーー 民間事業者や教育関係者に対して、教育DXの推進において期待することは何でしょうか

面白かろうがつまらなかろうが、とにかく知識を詰め込むスタイルの「教育」についてこれるのは、一部の学歴エリート志向の生徒だけだと思います。私もそういうのに適合できるタイプでしたが、「この知識は何に役立つのか」が理解できなければ興味を持てない人はたくさんいるはずです。また、「自分に合った学習スタイル」というのを一人一人が生み出していくこと自体がとにかく重要ですから、経産省では常に「学習者主体」という言葉を使っていました。DXというのは社会全体を「ユーザー主体」に転換することですから、教育DXもまた授業者主体から学習者主体へと変わることを意味します。日本人は大人になると学びを止めてしまう傾向があると感じますが、手を挙げたら先生が答えを教えてくれるという受け身の姿勢のまま大人になってはいけない、子どものころから「自分の学び方」を手に入れるのが大事、そのための教育DX、だと思います。

実務から生まれる学びの楽しさ ー 必要性が駆動する知識習得

ーー ご自身の経験から、学びの本質や知識習得の在り方についてどのようにお考えですか

私は経産省では資源エネルギー庁で石油や天然ガスの開発、精製、流通、危機対応というプロセスに計7年間関わりました。また、AIとデータで国際物流とサプライチェーンを変えるという仕事も担当し、結構、何らかの科学技術の前線に触れる仕事をしてきました。私自身、中高時代は理系の教科に関心がなくて仕方なしにやってたんですが、経産省に入ってエネルギーだのプラントだのAIだの災害対策だのと具体のテーマに直面すると、初めて高校の物理や化学や数学で聞いたような話がつながりました。特に石油や天然ガスを担当していた時代は高校の物理や化学の参考書を買い直し、ゼロから学び直しをせざるを得なくなりました。こういう実務に直結する学びになると、非常に楽しいものに思えました。例えば、石油会社を引退したエンジニアにお願いして有機化学を教わりながら石油化学コンビナートの中での様々な反応を理解して政策を考えるという経験は最高に楽しかったです。また、私は農水省に出向した際、輸出もできる低コストな日本米づくりを目指して、水を溜めず田植えをせず、畑作のように直播で育てる低コストの米作りのプロジェクトを立ち上げました。乾田直播というんですが、これはメタンガスも抑制し地球環境にも良い取り組みでしたが、土壌微生物と植物の相互依存関係や、農薬や肥料の作用などそこでも化学や生物学の基礎知識が必須で勉強し直しましたが、高校時代はつまらなかった話を大変面白く感じました。

人の興味関心は多様ですから、学びの入り口は多様で、選べるべきですよね。例えばスポーツに熱中している生徒さんは、自分の体やチームで実験するような気持で、栄養やトレーニング方法や体のメカニズムについて研究することから理科や数学に入れるはずです。その上で、学び方も多様であるべきでしょうね。基本的な知識を体系的に学びたければ、ビデオやドリルなどで速度を調整しながら学習するというのも一案でしょう。しかし、実際の仕事ではさまざまな知識が総合的に必要になります。総合知になっているものを理解するために、実務から逆算して必要な各教科の知識を習得するという逆向きのアプローチも重要です。体系的に学ぶ時間と、必要性を感じて学ぶ時間、両方のバランスが大切だと思います。

※インタビュー終わり

おわりに

浅野氏がGIGAスクール構想の当時から描いていた学校教育の未来は、デジタル技術の導入にとどまらない本質的な変革です。「学習者主体」という理念のもと、一人ひとりが自らの興味と必要性に応じて能動的に学び続ける社会。そこでは、教育は「与えられるもの」から「自ら掴み取るもの」へと変わり、実務と学びが有機的に結びついた豊かな学習体験が生まれます。GIGAスクール構想によって整備されたインフラは、この変革の第一歩に過ぎません。真の教育DXとは、学習者一人ひとりが自らの可能性を最大限に発揮できる環境を創り出すことにあるのです。


※内容や肩書は2025年9月の取材時のものです。

タイトルとURLをコピーしました