プロ経営者 清水周英氏が語る「人生は“選択の総和”」という人生哲学

社会人・キャリア

はじめに

人生には、「あのとき、別の選択をしていたら」と振り返る瞬間があります。

就職、転職、異動、挑戦…………。

私たちは日々、小さな選択を繰り返しながら生きています。そんな選択の積み重ねが、今の自分をつくっているのかも知れません。

今回お話を伺ったのは、ラグビーで日本一を経験し、その後は総合商社、海外勤務、そして複数の企業で経営者を務めてきた清水周英さんです。

華やかな経歴だけを見ると迷いなく道を切り拓いてきた人のように映るかもしれません。しかし、ご本人の言葉からは意外にも「自分もずっと迷ってきた」という率直な思いが何度も語られました。

「人生は選択の総和」。そう語る清水さんが、どんな迷いを抱え、何を拠りどころに選択を重ねてきたのか。

その歩みには、不確実な時代を生きる私たちへのヒントが詰まっていました。

ラグビー選手から経営者へ ― 四つの大きな選択

ー ご自身の歩みを振り返ると、どんな人生だったと思いますか。

今振り返ると、僕のこれまでの人生は幾つかの大きな選択に分けられるように思います。

一つ目は、ラグビーに明け暮れた学生時代。

二つ目は、社会人として、基礎を学んだ商社時代。

三つ目は、「このままでいいのだろうか」と将来に迷いながら、自分の進む道を探していた時期。

そして四つ目が、プロ経営者として企業経営に挑戦した時期です。

今は、その次のステージに立っています。組織に所属するのではなく、様々な人、企業と関わりながら、「これから自分は何を社会に返していけるのか」を考える毎日です。

ラグビーに明け暮れた学生時代

ー 学生時代の活動について、もう少し詳しくお聞かせいただけますでしょうか

ラグビーは、気がつけば16年間続けていました。「練習中は水を飲むな」とか「粗相があれば連帯責任でひたすら周走」とか理不尽なことも多く、練習は本当に厳しかったですね(笑)

でも、その時間があったからこそ、1986年の日本選手権でラグビー日本一という忘れられない経験ができました。あの時に学んだのは、「練習は不可能を可能にする、という小泉信三先生の教えと一人では勝てない」という、大切なことでした。

振返れば、その後の経営でも、人の力を信じ、チームで成果を出すという考え方の原点はラグビーにあったように思います。

「海外と仕事がしたい」商社への就職

ー就職活動にあたっては、どのようなお考えをお持ちだったのでしょうか

就職活動では、「海外と仕事がしたい」という思いが強くありました。幼いころ、父の仕事でイギリスに住んでいたこともあり、海外への憧れがずっとあったからです。 

ところが、配属されたのは営業ではなく経理でした。当時は正直、「思っていたのと違うな」と感じていました。

でも今なら言えます。あの時期がなければ、経営者にはなれませんでした。経理を通じて、お金の流れだけでなく、事業がどう成り立っているのかを学ぶことができました。当時は夢中で簿記一級も取得しましたし、公認会計士試験にも挑戦しました。

「遠回りだ」と思ったことが、後になって人生で一番役に立った。人生には、そんなことがあるのだと実感しています。

ーその時期には、将来に対する迷いや不安を感じられることもあったのでしょうか

海外に行きたいという気持ちが強かったので、営業の部署に配属されたいと思っていました。でも、自分は部門経理にいる。今になって思うと、それはすごく大事な修行期間だったなと本当に感謝しています。当時は知る由もありませんでしたが、経理の知識や実務経験は経営の仕事をするうえでも必ず活きます。 

一方で、不安もありました。周りはそれぞれの道を歩み始め、自分だけ取り残されているような感覚になることもありました。

「このままでいいのだろうか。」そんな問いは、実は若いころからずっと持ち続けていました。今思えば、その問いがあったからこそ、次の選択を真剣に考えられたのだと思います。

世界の広さを知り、生き方を考え始めたシアトル駐在

ー海外勤務は、どんな経験になりましたか

1993年から4年間、アメリカのシアトルに駐在しました。食品関連のトレーディング業務に携わり、北米地域の食品流通に関わっていました。 もちろん仕事も充実していましたが、今振り返ると、一番大きかったのは「世界の見え方」が変わったことです。

当時のアメリカには、日本にはまだない空気がありました。ボーイングの城下町、シアトルにマイクロソフト、スターバックス、アマゾンなど新しい会社が次々と生まれ、人が会社を移り、チャレンジすることが特別ではない。一方で、企業の都合で仕事を失う人もいる。

日本とはまったく違う雇用に対する考え方・価値観がそこにはありました。人員削減の場面で仕事を失う人たちが淡々と対応する姿に、日本との大きな違いを感じました。

同時に、「今アメリカで起きていることは、いずれ日本にもやってくる。」そんな予感も持っていました。

仕事以外では、現地でラグビーを続けていました。ラグビーがあったから、地域の人たちとも自然につながることができました。

海外では、「まず人として信頼されること」が仕事以上に大切なのだと教えられた気がします。

「このままでいいのだろうか」が、人生を動かした

ー経営者の道を志されるようになったきっかけは何だったのでしょうか

シアトル駐在から帰国した頃、自分の中には漠然とした焦りがありました。もちろん、商社の仕事は充実していました。でも、どこかで「このまま会社人生を歩んでいくことが、自分の望む生き方なのだろうか。」そんな問いが消えませんでした。

ちょうどその頃、IBMの再建で知られるルイス・ガースナーの著書を読みました。一人の経営者が組織を変え、人を動かし、会社を再生していく。「こんな仕事があるのか。」そう思いました。

もちろん、その瞬間に「経営者になる」と決意したわけではありません。でも、自分の進みたい方向が少し見えた気がしたのです。

人生は、突然変わるものではなく、小さな気づきの積み重ねで少しずつ動き始めるのかもしれません。

はじめに人を知る。経営はそこから始まる。

ー各地での経営経験を通じて、一貫して大切にされてきたことは何でしょうか

経営者になってからも、僕が一番大切にしてきたことは意外とシンプルです。「はじめに相手を知る。」これに尽きます。

新しい会社に行けば、その会社には歴史があります。地域には地域の文化があります。そこに働く人たちにも、それぞれの自負やプライドがあります。

だから僕は、「まず教えてください」という姿勢を大切にしてきました。外から来た人間が、最初から正解を持っていることなんて殆どありません。

よく話を聴く。相手を理解する。そのうえで、自分の考えを伝える。遠回りに見えても、それが一番早いことを、いろいろな会社で学びました。

僕は”with culture”という言葉を大切にしています。組織を変える前に、その文化を理解する。その人を理解する。経営とは、制度だけで動くものではありません。人と人との信頼の積み重ねなのだと思っています。

振返ると、シアトルで多様な価値観に触れ「このままでいいのだろうか」と自問し、プロ経営者という役割に出逢った。その一つひとつは小さな出来事でした。でも、それぞれの選択が少しずつつながって、今の自分をつくってくれたのだと思います。

思い通りにならなかった経験が、自分を育ててくれた。

ーこれまでを振り返って、一番大きな試練は何でしたか

正直に言えば、一つではありません。経営という仕事は、思い通りにいくことの方が少ないですね。

特に印象に残っているのは、自然災害や組織の変化が重なった時期です。自分ではどうにもできないことが続きました。「もっとできたのではないか。」「違う判断があったのではないか。」そんなことを毎日、何度も考えました。

経営者はラストマン、最後に責任を引き受ける立場です。だから苦しいこともあります。でも、その経験があったから、人の痛みや迷いに少し寄り添えるようになった気がします。

鋼のメンタルではない

ーそのような窮地の中で、日々どのように仕事と向き合っていらっしゃったのでしょうか

「メンタルが強いですね」と言われることがあります。でも、そんなことはありません。落ち込むこともありますし、不安になることもあります。ただ、不安になることは決してネガティブなことばかりではないと思うのです。不安からくる、準備を怠らない意識は行動の精度を引き上げると思うのです。大切なのは、強さというより、立ち上がる勇気と行動なのではないでしょうか。

人生は「選択の総和」 ― 30代・40代へのメッセージ

ー30代・40代の読者へ伝えたいことはありますか。

「Life is the sum of all your choices」という言葉があります。つまり、生き方は自分次第、と思います。今の時代だからこそ、自分次第で何とでもなる、とも感じますし、この言葉が励みになると思うのです。 それと、行動することの大切さを強調したいです。

選択に迷うこともあると思いますが、「正しい選択をしよう」と思い過ぎなくてもいいのではないでしょうか。僕自身、その時々で迷いながら選んできましたし、当時は遠回りだと思ったことが、後になって一番役に立ったこともあります。

なので、今、迷っている人がいたら、「焦らなくていい」と伝えたいですね。完璧な答えを探すより、自分なりの一歩を踏み出してみる、動いてみる。やらないよりやって後悔しよう(笑)。その積み重ねが、きっと未来につながっていくと思います。

その際に、自分のバックグラウンドを考えてみることも役立つかもしれません。「Never forget where you came from」というのでしょうか。 自分の生い立ちを再探訪することは、選択する際のひとつの基準になると思います。 自身のルーツに囚われる必要はないと思いますが、少しでも知っておくと、何かを選択する際の手がかりになるのではないでしょうか。

これから ― 次の選択へ

ー今後は、どのような道を歩んでいかれるお考えでしょうか

僕が30代の頃は、「時代に取り残されたくない」という思いが、自分を前に進ませてくれました。

日本の人口減少が進み、社会や企業の在り方も大きく変わっていく。そんな時代だからこそ、自分らしさは見失わず、変わり続けなければならない。その危機感が、挑戦する力になっていたように思います。

でも、今は少し景色が変わりました。自分が前へ進むことだけでなく、誰かが前へ進むお手伝いをすることに、以前よりも大きな喜びを感じています。

これまで経験してきたことが、企業や人の新しい挑戦を後押ししたり、何かのきっかけになったりするなら、それ以上に嬉しいことはありません。そんな関わり方をこれからも大切に、選択をし続けていきたいと思っています。


※内容や肩書は2026年7月の記事公開当時のものです。

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