はじめに
高草木淳一氏は2009年に慶應義塾大学商学部を卒業。大学在学中からフジテレビでアシスタントディレクターとして働いた経験を持ち、元々は制作に興味を持っていましたが、出演者の魅力に惹かれて大学4年次から俳優活動を開始しました。卒業後は劇団に所属し、舞台を中心に活動。小中学校での芸術鑑賞会などにも参加し、教育現場と演劇の接点を肌で感じてきました。2020年10月頃からマネージャーや制作の仕事を始め、2024年に合同会社EVIDENT PROMOTIONを設立。現在は演劇制作や俳優のマネジメントを行いながら、演劇を通じた表現教育の可能性を模索しています。
本インタビューでは、俳優としての経験を持ち、現在は経営者として演劇と教育の架け橋を目指す高草木氏に、日本とアメリカの演劇市場の比較から見える課題、デジタル時代における表現力の重要性、そして「演技しないこと」「聴くこと」の本質的な価値について、幅広く語っていただきました。
制作から表現者へ ー キャリアの転換
ーー 俳優の道に進まれたきっかけや動機について、お聞かせいただけますか
2009年に慶應義塾大学の商学部を卒業しました。大学在学中はフジテレビでアルバイトとしてADをやっており、元々は制作の仕事に興味がありました。ところが、制作の仕事に携わっていく中で、出演する側の方々の魅力にすごく惹かれて、自分も出演する側でメディアやエンタメコンテンツと関わりたいという思いが強くなっていきました。大学4年生のときにお芝居を始め、大学卒業後劇団に入りました。最初は舞台を中心に活動していて、その活動の一環として小中学校で行われる芸術鑑賞会に出演者(俳優)として参加していました。当時所属していた芸能事務所から劇団として派遣される形で、1年ほど地方を回って演劇を上演しました。
教育現場における演劇の可能性 ー 日米比較から見える課題
ーー 教育の現場では、芸術や表現についてどのように受けとめられていると感じますか
受け入れられ方については、二極化しているんじゃないかなと思います。芸術を必要とするところはかなりあって、そういった方々の声を実際に聴く機会がありました。一方で、「他に優先すべき事柄があるから、芸術教育に時間を割けない」といった声も聞きます。つまり、何を重視して教育するかという選択の問題で、必要だと判断した人は芸術の必要性をすごく高く感じているということだと思います。
実は、前述の小中学校で実施した芸術鑑賞会に参加した子が実際に俳優になったこともあります。多感な子は、こういった機会から良い影響を受けてくれるのだろうと感じます。生徒の将来への可能性を広げる為に「試しに1回やってみる」ことはとても良いことだと思うのですが、実際にはいろいろな事情があり、そう簡単なことではないですよね。
また、大きな観点の一つとして、海外との比較があると思います。例えばアメリカでは、小学校や中学校で演劇教育が普及しています。昔から演劇に触れている人が多いので演劇を含むエンターテインメントを鑑賞する人も多く、日本と比較してアメリカの演劇市場の 成長率は50%ほど高いというデータを見たことがあります。ライブエンタメ市場、とりわけ演劇については、たしか日本の市場成長率が年間30%ぐらいである一方、アメリカでは年間80%程度で成長していたと思います。
この数字の違いについても社会の演劇への興味・関心の度合いに関しても、僕はやはり教育から変えていくしかないかなと思っています。演劇を観るのが普通だという社会にするというか。みんなネットとかTikTokとかYouTubeとか普通に観るじゃないですか。そのぐらいの接触機会を持たせないと、やっぱり手軽に観に行こうとは思ってくれないと思うんです。一方でクリエイターにも責任があると思っていて、「観に来てよかった」と思える作品をしっかりつくっていかないといけない。観る人の演劇への感度を上げることに加えて、つくり手が「ちゃんとつくる」という品質担保ができて、最終的には両者を繋ぐというところまでいかないと多分駄目ですよね。
ーー 高草木さんがさまざまな活動に取り組まれる中で、演劇や表現を学校教育等の場面に取り入れる重要性についてはどのように考えられていますか
副業で塾講師などもやっていたので、演劇を俳優としてやるということ、つまり自分が表現者としてスキルを持つということが、教育者の立場としてもすごく有効だなと思いました。また、学校の先生方との交流会でお話する機会も何回かあって、そういった中で表現教育の重要性を実感しています。実際に、ある劇団の代表の方が今地方自治体と組んで表現力を伸ばすという取り組みをされています。
これは、デジタルツールの使い方を学ぶというのとは逆のアナログな方向に進むことになりますが、これからの教育課題の一つだと思います。ツールが便利になればなるほど、それを使う人の能力が問われる。デジタルツールを使う人がどうやって自分なりのバリューを持って世の中で闘えるようになるか、世界に出られるようになるか、日本を活性化できるようになるか。そういったところでは、演劇はかなり有効だと思っています。
ーー 作品制作において、既存の科目と深く関連するテーマにも取り組まれているのでしょうか
この前私が企画・製作した作品がガリレオ・ガリレイの話だったんですけど、そういったものは物理とか歴史の教育になると思います。また今年の4月には、国際安全保障がテーマで、アフガニスタン戦争に派遣されたカナダ軍兵士の実話を扱いました。演劇を通じてお客様に社会問題や学問に対して考える機会を提供できるものをつくっていきたいと思っています。
ーー 教育現場で芸術に関連する取り組みをさらに普及させていこうとした時に、教育機関に向けたメッセージはありますか
そうですね、多分学校ごとに考え方はすごく違うと思うんですけど、やっぱり学校や教育に関わる集団の意思決定者が行動することが必要ではないのではないでしょうか。アンテナを広げて、課題を感じたらそれに向かってアプローチできるのは、やはり意思決定者しかいないのではないかと思っています。課題を見つけることと、アンテナを広く持つということを普段から意識していたら、変わっていくんじゃないかなと思います。
個人的には、そういった学校の理事の方とかに実際に見に来てほしいですね。教育関係者ですとか、それこそ文化庁の方も以前私の作品を見にいらっしゃったこともありましたし、演劇のパワーを感じていただけました。意思決定者の方々が演劇に触れるという体験が、これから学校をどうやって変えていくかというところに繋がるのではと思っています。
「演技」の本質 ー 表現の根源を探る
ーー そもそも「表現する」という観点で重要なことはどんなことが挙げられるでしょうか
役者として演技する上で基本となるのは、実は「演技しない」ことだと思っています。子どもは大人に比べて感情豊かで全力で喜怒哀楽を表現していると感じるのですが、みんな演技しているというよりは、いつも全力でその時間を生きている感じですよね。自分の個性を受け入れて、ありのままでいることが大事ではないかと思います。
例えば、綺麗な景色を見て綺麗だなと思う時、それって演技してないじゃないですか。あとビジネスの場面でも、本当に売りたい商品があったらそれをめちゃめちゃ推すじゃないですか。いいところをめっちゃ調べますよね。そういう「本気」の状態が表現するときの基本なんじゃないかと思います。
ーー ご自身が演劇の活動に取り組まれてきた中で、難しいと感じられてきたことはどんなことでしょうか
自分がすごく思うのは、やっぱり「人の意見を聴く」ということがどういうことなのか、そこからまず難しいですよね。演劇では「聴く」という能力がすごく大切になってきます。僕は脳科学や社会心理学の知識を学んで、科学を根拠にどうやったら演技が良くなるのかを考えました。その中で「聴く」ことを無意識にできる人とできない人がいるという点を、科学的な視点で分析したこともあります。
「聴く」というのは、文字情報を聞くということと、相手の感情を肌感覚で理解するということなど、いろいろな認知行動を含んでいるんですね。僕が科学的に「聴く」ということを説明するならば、ミラーニューロンの存在が大きく作用していると考えられます。例えば、子供が転んで膝をすりむいたのをお母さんが見ると、「痛い痛い」ってお母さんも感じるんですよ。他にも、エレベーターに乗っていて、仲いい人があくびすると自分もつられてあくびするみたいな。こういったことが、ミラーニューロンという、人間が生存するために共感、協調する能力の一つとして生まれついたメカニズムなんです。
「聴く」ことで相手の感情を理解するというのは、単純に相手の感情を理解することだけでなく、例えば相手が楽しんでいたら、それが自分に伝播するということも含まれます。一方で、俳優をやってる人はそれをスイッチでオンオフできます。オフのときは全く影響を受けないようにしたり、逆にオンのときは赤の他人でも受けられるようにしたりとか、そういうトレーニングをする。どれだけ相手の挙動に集中できるか、自分じゃなくて相手にフォーカスするようになるっていう。多分そういうところを理解した上でやってる人ってあんまりいないと思っていて、演劇以外のビジネスの場面とかでも、そういうところを理解していた方が、より聴けたり話せたりするようになるんじゃないかなと思いました。
今後の展望 ー 演劇を観る文化の醸成へ
ーー 最後に今後の目標をお聞かせください
少し前に文化庁の方と話をしました。僕が昔一緒に演劇ワークショップを受けた方が文化庁にいるので、何か一緒にやりたいねという話をしています。
長期的な目標としては、演劇を観たいなと思ってくれる人が増えるような仕掛けづくりを積極的に展開したいと思います。特に若い世代は、推し活(※推し活とは、漫画・アニメ・アイドルなどのキャラクターや人物を応援する活動のこと。)の中で演劇を観るという人が増えているように感じますし、そうした経験から演劇を好きになってくれるのも嬉しいです。親子で鑑賞しやすいような作品もつくりたいと思っています。
そして、教育という観点では、アカデミックな場面で演劇を観た人が、鑑賞し終わった後に「世界の見方が変わった」と思っていただけるくらいの作品をつくりたいと考えています。
※内容や肩書は2025年11月の記事公開当時のものです。


